本記事は、当社メンバーが実際に関わった複数の案件をもとに、固有名詞・業種等を変更した上で再構成し、仕立てました。ある月曜の朝、10年以上システムを支えてきた情シス担当から退職届が届いた。引き継ぎ期間は2週間。しかし、誰もそのシステムの全体像を把握していなかった。ベンダーに問い合わせると「改修を繰り返してきたため、前任者しか詳細を把握していない」と言われた。問い合わせのたびに「前任者に確認します」という言葉が続いた。「あの人の頭の中で、システムが動いていた」——気づいたのは、その人がいなくなってからだった。このような話は、特殊なケースではない。中堅・中小企業のITの現場では、ごく普通に起きていることだ。そして「うちは大丈夫」と思っている会社ほど、実際に起きたときのダメージが大きい。なぜ「ベテランSEが抜けると止まる」会社ができあがるのかベテランSEへの依存は、ある日突然始まるわけではない。少しずつ積み上がっていく。最初は「あの人が詳しいから、あの人に聞けばいい」という話だ。やがて「あの人が担当だから、あの人が対応する」になる。気づけば「あの人しかわからない」になっている。その間、システムは動き続けている。問題が表面化しないから、誰も手を打たない。そしてある日、その人が辞める。病気になる。あるいは急逝する。そのとき初めて、「あの人の頭の中にしかなかった情報」が失われていたことに気づく。「システムが止まらない会社」の条件ベテランSEが突然いなくなっても業務が止まらない会社は、何が違うのか。答えは一言で言える。システムが「人」ではなく「仕組み」の上で動いている、ということだ。具体的には、以下の3つが整っている状態を指す。① システムの全体像が文書として存在する何がどこにあり、どのデータがどう流れ、どのシステムがどの業務を支えているか。これが、担当者の頭の中ではなく、誰でもアクセスできる形で残っている。② 「なぜこうなっているのか」の背景が記録されている仕様の背景、過去の改修の経緯、例外処理の理由——これらがなければ、文書があっても運用できない。③ 複数人が「説明できる」状態になっている一人だけが把握しているのではなく、最低でも2〜3人が「説明できる」レベルで理解している。わかっていても、整わない理由があるこの3つの条件、情シス担当者の多くは「必要なことはわかっている」と言う。しかし実際に整っている会社は少ない。なぜか。理由は単純だ。この作業をやれる立場にある人が、この作業をやる時間を持っていないからだ。システムの全体像を文書化できるのは、たいていシステムの運用・保守で手いっぱいの担当者だ。「ドキュメントを整備したい」と思っていても、障害対応や日常業務に追われ、「いつかやろう」が何年も続く。自分が把握している情報を「誰でもわかる形」に書き出すことも、思いのほか難しい。当事者にとって「当然のこと」は省略されがちで、結局他の人には使えない資料になる。そして最も重要なのは、「なぜこうなっているのか」という背景情報は、当事者がいる今だからこそ引き出せるという点だ。時間が経てば経つほど、記憶は薄れ、文脈は失われる。では、どう整えるかこれらの条件を整えるために、最初にやるべきことが現行調査だ。現行調査とは、現在のシステムを「外部の目」で体系的に把握・文書化するプロセスだ。担当者へのヒアリング、ドキュメントの整理・補完、システム構成の可視化——これらを通じて、「誰かの頭の中」にあった情報を、組織の資産に変える。重要なのは、この作業を担当者が元気なうちにやることだ。「辞めそうになってから」「辞めてから」では遅い。辞めた後に現行調査を依頼しても、最も重要な情報源がいない。調査の精度は格段に落ち、コストは増え、不確実性が残る。今の担当者がいる状態で現行調査を行い、システムの全体像を組織として把握すること。それが、ベテランSEが突然退職しても止まらない会社をつくる、唯一の現実的な方法だ。「備えるタイミング」は、何も起きていない今「うちの担当者はまだ辞めないと思う」——おそらく、多くの会社がそう思っている。しかし現行調査の依頼が来るとき、その多くが「辞めることが決まった」「もう辞めた」「連絡が取れなくなった」という段階だ。準備のタイミングは、何も起きていない今しかない。ベテランSEが突然退職しても、システムが止まらない会社をつくる——その第一歩を、今踏み出してほしい。現行調査とは何か?システムを変えたいなら、まず「今」を知ることから始める →