2018年、経済産業省は「2025年の崖」を警告した。レガシーシステムを刷新しなければ、2025年以降に年間最大12兆円の経済損失が生じる、と。あれから8年が経った。その間にクラウドが普及し、AIが実用化され、アジャイル開発が広まった。モダンな技術を導入した企業も少なくない。それでも、問題は解決していない。数字が示す「技術と成果の乖離」日本企業のクラウド導入率は2023年時点で約72%に達している(総務省 通信利用動向調査)。しかし同じ年、DXで「十分な成果が出ている」と回答した日本企業はわずか13%にとどまった(IPA DX白書2023)。米国の48%と比べ、約3.7倍の開きがある。IT予算に占める既存システムの維持費の割合を見ると、2018年時点で約80%だったものが、2024年時点でも約70〜73%とほとんど変わっていない(JUAS企業IT動向調査)。8年間で10ポイント程度しか改善していない計算だ。モダンな技術を入れながら、構造は変わっていない。これは何を意味するのか。「古い技術が問題だ」は本当か?レガシーシステム問題をめぐる議論の多くは、「古い技術を新しくすれば解決する」という前提に立っている。COBOLをJavaに書き換える、オンプレミスをクラウドに移す、スクラッチ開発をパッケージに置き換える——。しかし、技術を入れ替えても成果が出ていないという数字は、一度立ち止まって考える余地を与えてくれる。技術は確かに更新された。モダンな開発手法も広まった。それでも構造は変わっていない。問題の本質は、本当に技術の新旧にあるのだろうか。現場で起きていること実際に何が起きているのかを見てみると、共通した症状がある。「触ると何が起きるかわからないから、変えられない」という状態がその典型だ。障害が起きても原因の特定に時間がかかる。改修の影響範囲が読めない。新しい要件を追加しようとするたびに、どこかが壊れる。そしてもう一つ。「なぜこのロジックがこうなっているか」を誰も説明できない、という状態も起きている。システムは動いているが、その業務的な意味を知っている人がいない。問い合わせが来ても、調べなければ答えられない。結果として、「現状を変えることがリスク」という判断が組織の中で合理的になる。モダンな技術を導入しても、その上に乗せるべき業務の全体像が見えていなければ、投資は空回りする。IT予算の7割超が維持費に消え続けているのは、この構造が変わっていないからだ。失われているのは何かでは、なぜこの状態が生まれるのか。長年にわたって業務が進化し、その都度システムのロジックも変化してきた。受発注の手順が変わり、例外処理が増え、担当者の判断が積み重なった。その歴史がコードの中に刻まれている。では、何が失われているのか。現場の1人1人の担当者に目を向ければ、その方は異動もすれば退職もする。もちろんその都度引継ぎは行われるが、完全な引継ぎなどというものは存在しない。すべてを完璧に残すことはできない。それは企業組織に限らず、歴史や社会も同じだ。そうした中で、何かが少しずつ失われていく。それが何なのかは、システムが突然動かなくなったとき、あるいは誰も答えられない問いが出てきたときに初めて輪郭を帯びる。その「失われた何か」に対して、世の中にはいくつかの説明が出回っている。この構造の原因はIT人材の数や国民性なのだろうか?「IT人材のベンダー側への偏在が原因だ」「日本人は古いものへの執着が強いからだ」——よく聞く説明がある。たしかに、日本のIT人材の約70%はユーザー企業ではなくベンダー(SIer)側に偏在しており、米国とは逆の構造だとされる。この数字は事実だ。そしてこの構造がレガシー問題の原因だという論旨には、一定の説得力がある。しかし少し立ち止まってみると、疑問も生まれる。IT人材がユーザー企業側に多い米国は、本当にレガシーシステム問題を解決できているのだろうか。国民性の違いで、これだけ大きな構造的問題が説明できるのだろうか。数字を見ると、話はそう単純ではないかもしれない。この記事はシリーズ「レガシーシステム問題を考える」全4回の第1回です。①モダンな技術を導入しても、レガシーシステム問題は解決しない(本記事)②IT人材がユーザー企業側にいる米国も、レガシーシステム大国だった③「日本人は古いものへの執着が強いから、レガシーシステムが多い」は本当か(掲載予定)④レガシーシステム問題は、2つの異なる課題が混同されている(掲載予定)現行システムの状況を把握する現行調査については、現行調査サービスからご相談ください。あわせて読まれています:現行調査でよく見る5つのパターンAI仕様解析で既存システムのソースコードとマニュアルを読み解く方法基幹システム刷新はなぜ失敗するのか