前回の記事で、「IT人材のベンダー偏在がレガシーシステム問題の原因だ」という説を数字で検証した。米国はユーザー企業側にIT人材が多いにもかかわらず、同じ問題を抱え続けている——その事実が、単純な因果関係を疑わせる。では、もう一つよく聞く説明はどうか。「日本人は古いものへの執着が強いから、変化を嫌い、システムも刷新できない」というものだ。この説には、一定の感触がある。IMDの世界デジタル競争力ランキングで日本は2019年の23位から2024年には31位へと下落し続けている。DXで「十分な成果が出ている」と答えた日本企業はわずか13%で、米国の48%と大きく差がある。こうした数字を前にすると、「日本人の気質に問題がある」という説明が説得力を持つように見える。しかし、本当にそうだろうか。他国と比べてみると見えてくること国民性という説明を検証するために、いくつかの国を見てみよう。英国はどうか。英国はベンダー依存度が高く、Capita、Fujitsuなど大手が政府ITを長年担ってきた。NHS(国民保健サービス)や税務当局(HMRC)に深刻なレガシー問題を抱えており、デジタル化の遅れも指摘されてきた。「変化を嫌う国民性」という説明は、英国にも当てはまるのだろうか。インドはどうか。インドはTCS、Infosys、Wiproといった世界最大級のITアウトソーシング企業を擁する「ベンダー大国」だ。しかし国内のレガシー問題は日本や米国と比べて相対的に軽微とされる。インド人が「変化を好む国民性」だから解決できた、と言えるだろうか。エストニアはどうか。人口130万人のこの小国は、世界で最も進んだデジタル政府を実現した国の一つとして知られる。行政手続きの99%がオンライン化され、レガシーシステム問題はほとんど話題にならない。エストニア人の国民性が特別なのだろうか。国民性ではなく「いつITを導入したか」これらの国を並べてみると、レガシー問題の軽重を説明する別の変数が浮かび上がる。「いつITを導入したか」だ。エストニアがデジタル政府を構築したのは1990年代後半、ソ連崩壊後の独立直後だ。インフラをゼロから設計できた。古いシステムを引き継ぐ必要がなかった。インドも同様で、ITを本格導入した時期が遅かったため、そもそも古いシステムの蓄積が少ない。シンガポールも同様だ。「スマートネーション」構想のもと、1990年代から国家主導でデジタル基盤を整備した。古いシステムを引き継がず、標準化された共通基盤の上にサービスを積み上げてきた。人口560万人という規模の小ささも標準化を後押ししたが、本質は「変化を好む国民性」ではなく、設計の順序と国家的な意思決定の問題だ。一方、日本は1970〜80年代にメインフレームやプロプライエタリシステムを積極的に導入した「早期採用国」だ。当時の最先端技術を取り入れ、それを使って業務を構築した。その選択は当時としては正しかった。しかし数十年後、その「早期採用のコスト」を今になって支払っている。米国も同じ構図だ。1960〜70年代に構築されたシステムが政府機関や金融機関で現役稼働しているのは、当時それだけ積極的にITを取り入れていたからに他ならない。レガシーが多い国とは、「古いものへの執着が強い国」ではなく、「早くITを導入した国」である可能性がある。「変化を嫌う」という説明の問題日本が「変化を嫌う」という前提自体も、検討に値する。戦後の高度経済成長期、日本企業は製造業を中心に世界で最も積極的に新技術を取り入れた国の一つだった。トヨタ生産方式に代表されるカイゼン文化は、継続的な変化と改善を組織の原理にしている。1970〜80年代のIT導入も、当時としては非常に積極的だった。「変化を嫌う」のではなく、「変化のコストが見えにくく、現状維持の方が合理的に見える構造」になっているのではないか。誰も全体を把握していないシステムを変えることへのリスクは、実際に高い。その判断は、国民性ではなく構造の問題だ。では、何が本当に失われているのか技術が古いから、ベンダー偏在だから、国民性だから——これらの説明はいずれも、数字と事実の前で揺らぐ。ここまでの3本の記事を通じて、一つのことが見えてきた。問題の説明として広く流通しているものが、実は表面的な相関に過ぎない可能性がある。では、本当に何が起きているのか。次回は、レガシーシステム問題を課題として構造的に分解してみる。この記事はシリーズ「レガシーシステム問題を考える」全4回の第3回です。①モダンな技術を導入しても、レガシーシステム問題は解決しない②IT人材がユーザー企業側にいる米国も、レガシーシステム大国だった③「日本人は古いものへの執着が強いから、レガシーシステムが多い」は本当か(本記事)④レガシーシステム問題は、2つの異なる課題が混同されている(掲載予定)現行システムの状況を把握する現行調査については、現行調査サービスからご相談ください。あわせて読まれています:現行調査でよく見る5つのパターン